国家総動員体制下に朝鮮から日本に労務動員された朝鮮人は、日本語が分からない者も多かった。例えば全羅南道潭陽郡、咸平郡から北海道の住友歌志内 炭鉱に労務動員された501名中、「国語(日本語)」の日用語に「精達スル者」21名、「ヤヤ解スル者」215名、「全ク解セザル者」265名とある (1940年8月15日付の調査報告)。
採炭作業に爆薬を用い、落盤や炭車による死傷事故が絶えない炭鉱では、日本人先山(さきやま)や坑内係と朝鮮人後山(あとやま)間の言語不通は、作業能率の低下だけでなく労働災害の一因にもなる。
寮の朝鮮人通訳も坑内の切羽(きりは・採炭現場)までは下りて来ない。そこで住友歌志内炭鉱では、朝鮮から着山直後に一週間行う坑外訓練の一環として会社労務、鉱務係員らが「言葉の練習」を指導していた。
そ の一部を紹介すると、発破=ナンボ ノコ(鋸)=ト トロ=クルマ 枠=トメ 鶴ハシ=モツケン 火薬=ヤ 捜検=クムサハンダ 通行禁止=カマアンデン ダ 現場=イールカン 風呂二入レ=モツカンへーラ 仕事始メ=イールへーラ 集レ=モトンナ 危イ=ウツテュルダ 此処掘レ=ユゲパラ 乗レ=タラ グ ズグズスルナ=セギへーラ 一生懸命ヤレ=プチレへーラ 休メ=ノロラ、等々である。
福島県の入山採炭 (常磐炭鉱の前身)のように、「皇国臣民化ノ急速ヲ図ルノミナラズ、日常生活ノ向上並二作業ノ熟達二資シ併テ保安ノ強化ヲ期スル為」に「国語手当要綱」を 制定し日本語の熟達程度によって等級に分け、出勤1日に付き特級30銭〜3級5銭を支給する例もあった。
「国 語手当細則」には試験問題の実例、合格基準、国語手当の算出及支払方法等が細かく定められている。新規着山朝鮮人に対する日本語指導は多かれ少なかれどの 炭鉱でも行っていたが、定期的に試験を実施し、手当を支給してまで日本語を奨励した例は外にはない。(長澤秀:在日朝鮮人運動史研究会員) |